Flowers for Algernon

読んだ

最初から小説として面白い手法の本だった。知的障害を持った人の日記から始まるっているから文章が音のままを文字にしたようになっていて、workがwerkみたいな主人公がどう認識しているのかがわかる。かつ、warkじゃなくてwerkなんだって正直感じた。つまりこの時点でネイティブ的感覚と日本人的感覚に違いがあるなと思った。

intelligenceを獲得していくという流れでどこまで超越するんだろうなと考えながら読んでいた。最初は怒りが入って、客観して、恋愛感情を学んで、知識を入れるというところから、その知識の意味みたいな場所までいく。その途中途中で主人公の忘れていたというよりは思い出そうという感覚自体がおそらくなかったんだろうが、過去の記憶も追っていく。彼は障害を持ち生まれて職場であるbakeryでも馬鹿にされたりいたずらされて笑いものにされたりしながらも彼自身はそれら人々を友人だと思い、自分も楽しい感情になるというところが描かれる。状況がわからない、何が起きているのかわからない、でも周りが笑っている、自分の好きな、好きであってほしい人たちが笑っている。だから自分も笑う。そこに対比みたいな悲しい感情が自分の中に生まれた。

この本はすごいいい本だなと思ったわけだけど、そうやって感じる本は大抵、共感ができることにある。この主人公の感覚とか記憶とかが自分に重なって、この主人公の人生を自分の人生のように重ねられるからすごく感情も動き、面白さを感じる。 でも、もちろんこの主人公のような知的障害ではないし、職場でいじめられたこともないし、両親から捨てられたこともない。でも何で自分の感覚と結ばれるのかがすごく不思議だなと思いながら読んでいた。多分、intelligenceを得た主人公のする過去の描写に共感しているのだと思う。つまり真の主人公に共感しているのではなくて、intelligenceを得た後の主人公に共感している。 なんというか私が社会に触れ出した後から、いろんなことを見て考えて判断してきた。その過程にすごい似ているんだと思う。今まで一方向からしか見えていなかったり、信じていたものを違う角度やバックグラウンドを通して見る機会があると、自分の中にすごいショックが走る感覚。主人公も今まで自分が笑われてきたということを自認して、それに対して嫌悪感を抱いてそれに反抗する。でもそれで終わりではなくて、そこからさらにその時の自分はそれでもそれを必要としていて、周りに愛されていて、自身としては友達も家族もいると思っていた。という自分に対しての面もいくつもの角度と層から見る機会がある。そして自分だけではなくて、関わってきた人も自分と同じような人間で、なんならその人の行動と内面が乖離していたり、少し前までの尊敬が軽蔑に変わる瞬間もあるような経験を主人公はしている。そしてそれは私も成長とともに感じる部分で、そこに共感できる。

また、intelligenceを獲得する過程について、自分では認識できなくて、何か過去の事象を通して自分での比較が行われることで初めて実感できるものというところもいい言語化のされ方だと思う。ついこの前まですごく熱心な感情でそれを求めていたのに何故か今はそれがなぜ良かったのかも分からないみたいなこととか。

なんかでもCharlieの記憶自体もなぜか共感できるとこもある。なんというか私の幼少期の感じを思い出す。7歳くらいまでの感覚となんかリンクする。姉との関係性とかの感じとか、親のヒステリックな場面とか、自分ではどうしようもない恐怖で体が動かない感覚とか、どんだけやっても上手くいかなくてそれで怒られて余計にできなくなる感覚とか、自分一人で遊んだりぼーっとしている時の感覚とか、そういうのが私にもフラッシュバックする場面が多かった。

恋愛のパートのとこでもやっぱ日本の感じとは違うよなって感じた。なんというか積極的でオープンな感じ。"人間の絆"の時も同じようなことを思ったな。これは時代背景なのかそれとも文化としてなのか気になるな。どちらにせよやっぱり話すことと主張することが大事なんだね。英語で口説こうと思って今の私は口説くことができるのかな、全く自信ないな。

なんかちょっとClaudeにネタバレ喰らったなーって思う。確か英語の難しさが書かれているとこで、最初は簡単で途中から少し難しくなりまた簡単めになる。みたいなことが書かれていて、最初の時はあんま気にしてなかったけど、実際本を買って読み始めて、3分の1くらいまで進んで気づいてしまって悲しかった。それは知りたくなかったな。普通に読み手としては例えばintelligenceを持ちすぎて全てを知ってしまって自殺するとか、intelligenceを使って自分に施された研究を自分でも向上させて世界中の障害の人たちを救うとか、そういうことも期待できた。けどこのネタバレのせいで戻るってことか?って途中で気づいてしまったのが嫌だね。

Algernonと主人公を重ねながら進んでいる感じも面白かった。なんというか全体的に権利とか自認とか障害とか難しい話を物語通して色々と考えさせられる話だったな。Algernonは結局どこまでのintelligenceを獲得したんだろ。種族の持つ脳の構造自体は不変なはずだからあくまでもその中での認知機能とかの発達なんだろうな。だから聴覚野とか記憶とかそういう部分の強化から人の意思とか指示を理解したりしてたんかな。だとしたら主人公はもう少し超越しても良かった気もするな。でもすごい良かったけど。intelligenceが上がるほど孤独になる感じとか幸福を感じなくなる感じとか。なんでなんだろう実際。これは小説の主人公だけじゃなくて私もそうだと思う。なんか頑張って挑戦して学んで賢くなっていくと、前の時よりも友達を作れなくなる。単純に例えばゲームとかhang outとかに時間の無駄を感じてしまったり、話の内容が毎回同じだなとか新鮮味がないなとか自明だろと思ってしまったりするからだろうか。人の悩みに対しても自分がすでに過去に乗り越えたりしているからだろうか。そして彼らも私を見て恐れたり気を使ったり疲れたりしてしまうのだろうな。正味それに対しての答えはこの小説にはなかったな。intelligenceを獲得してもなお幸福を感じることを示してはくれなかった。まぁそれでも私に野心がある以上、孤独はしょうがないんだろうと思うから別にいいかな。

単純に英語の小説でちゃんとしたのを読んだのは人生で初めてだった。英語の美しさを少しは感じ取れたんじゃないかなと思いつつまだまだ分からない単語とかイディオムとかがあって、100%で感じられていないことには少し悔しさもある。でもこのレベルの小説であれば今の私でも読めるのだなということは自信になった。それこそ1年前、2年前だったら読めなかったんじゃないかなと思う。1年半前とかはムーミンを読むのに一苦労だったし、かつムーミンのは事前にアニメであらすじ知ってたから読めたと思う。確か2年半くらい前に読んだ時、pathway, cave, とかすら分からなくて一回諦めてからそんでもっかいアメリカ来た後に読み直した。だから確実に1年前とかよりは英語力も上がってるんだろうなと思う。

私が英語で感想を書こうとしたらCharlieと全く同じになるだろうな。スペルがとにかく分からないし、ボキャブラリも文章の構造も簡単なものしか書けないから。 readingができて、元からlisteningも比較的できるから、ほんとあとはoutput側のスキルが圧倒的に足りないんだろうな。何か英語でのアウトプットもこのブログに置いていって、Charlieみたいに経過を見れるようにしてみようかなと思う。そこにフィードバックもらえたらいいなと思うけどLLMの出すフィードバックって気持ちよくないしどうでもいいことも突いてきたりすることもあってストレスだからとりあえずはいいや。好きなように書いて気が向いたら調べながらやる感じから始めよう。